2014年10月13日

農ある暮らしを訪ねる旅(8)京都の世屋集落に伝わる雑穀と暮らしの技術を学ぶ

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京都の秘境、宮津市世屋の雑穀ツアーにいってきました。
夜は、上世屋に泊まり込みで里山伝承技術の勉強会でした。





葉っぱビジネスの産地や無農薬米の田んぼをみて回り、夜も雑穀や藤織の講義。
春に雑穀ミュージアムを開催した時は、ちっちゃな古民家に150名の来客があり、飲食もやってたのでてんやわやで、交流を楽しむ余裕がなかったので、今回あらためて色んな人のお話をじっくり聞けて良かったです。


夜は世屋高原しおぎり荘で宿泊し、雑穀研究会の竹井先生、藤織保存会の井之本さんの講演がありました。雑穀研究会と藤織保存会はともに、約30年前にできた団体で、お米の勉強会とも歳が近い。
1972年ローマクラブが「成長の限界」を発表し、消費者運動や環境保護活動が高まっていく・・・そんな時代にできた団体が、今なお、持続した取り組みを続けられている。
思えば、私が生まれた頃から活動されているのだなあとしみじみ思いながらお話を聞かせてもらいました。


茅葺古民家の集落には、在来の雑穀やこんにゃく、小豆、そば、そして紙漉きに使うトロロアオイや楮が自給用にほんのちょっとづつ育てられています。

四季を通じて自給できるように多様な作物が植えられているのですね。中には工芸作物や、儀式に使うものも。



稲木に3段おきに掛けられた稲穂の段数で収量を計算。



クマザサは丹茅葺に使う必需品。



雑穀あるところに焼畑あり。そば殻でこんにゃくを炊く灰をとり、柿渋やガマを漁具に利用する・・・
植物と人のかかわりを全体で捉えるともっとおもしろいものです。
雑穀のほかにも、藤の蔓から糸をとって織る「藤布」が途絶えることなく今に伝えられているのは全国的にも珍しい。

2日目は、藤織伝承館を見学しました。

1980年代に作成された藤織の記録ビデオを視聴しました。
藤織は、絶えてないとされていた幻の技術。
木に登り藤蔓をを採集して、繊維をつくるのです。



その昔。万葉集で粗栲とよばれ、貴族たちは藤衣を喪服にしたといいます。
潮にも強い藤布は、海辺では海女の袋に使われていました。
海女たちは、藤布と交換するために1日あるいて世屋の山里へやってきたのだそうです。


北海道の村では、衣服を織るのに、オヒョウの木の皮を剥ぐ。
山梨早川町でも、藤織の伝承が残り、出作り小屋で、焼き畑をし、雑穀粒をおとすときに張る幕は、藤織で作られています。

大塔、天川、雑穀の名所は、やっぱり、焼き畑をしている。
雑穀の背景には、焼き畑があって、藤織についても、焼き畑のやってるところとかぶっている。
雑穀、焼き畑、藤織、山の文化が複合的に重なってくるのですね。
昭和37年、その幻の藤布が、丹後の集落で受け継がれていることが判明。
藤織保存会 30年前からおばあちゃんたちに教えてもらって技術を伝承されています。

毎年7回、土日泊まり込みで学習できる藤布の学校は、北海道や沖縄からも参加者があると言います。



今回のツアーでは、そんな伝承技術を学び、受け継ぎたいと、都会から移住された夫妻のお話も聞くことができました。
今回参加できなかった方も、もし時間があればぜひ一緒に、衣食住を自給する技術を学びににいきましょう。


<オススメ> 世屋の写真集
井之本泰「ヨイショ ヨイショ~チコちゃんの四季~」




雑穀みゅーじあむHP
http://millet-museum.tumblr.com



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